描くテーマを決めて描く……①『和解』

今日も、チャレンジドセンターで絵を描いていた。

ここ最近、
自分としては、『和解』、『友好』、『握手』――
――そう言ったテーマで絵を描き続けている。

 

日常生活や、
人との交流、
テレビ、新聞、ネットのニュースから、
ネタを拾い、それに関連して、
漫画を描いたり、
文章や絵を描いている。

時々、
「このシーンを描きたい!」
と思い、表現活動を楽しむ事が多い。

テーマを決める前に、
まず、描いて、
描き続けて行く途中で、
描きたいテーマを思いつく場合もある。

もともと、『和解』を描こうと思っていたわけではない。
描いている内に、仕上げた作品が、
テーマを与えてくれたような感覚だった。

私自身、これまでに幾度か、
和解を経験してきた。

思わぬ事が起きて、それが和解のきっかけになったり、

また、ほとぼりが冷めて二、三十年ぶりの再会で
仲良くなったりーー。

自分の事以外では、
小林繁氏と江川卓氏の28年ぶりの和解
大好きなエピソードの1つだ。

見ていて、ジ〜ンと来た。

……絵が、あまり上手くなくて恐縮だが……。

自分や自分達が起こしたわけではない
トラブルで亀裂が生じて、
以降、口をきかない状況が続き、
でも、何かの導きや、周りの配慮で生まれる和解もある。

私の場合は、
極端な人見知りの性格から生じる誤解で
人付き合いに支障をきたす事が多かったりする。

というか、いつの間にか、お喋りしなくなり、

会話のしなくなってしまう。

それを知らない第三者が、
「古謝さん、(彼に)何かしたんですか?」
と聞かれて返答に困った事もあった。

……それから、
また、自分以外の話になるが、
和解のエピソードは、媒体を問わず、見聞きするが、

旧約聖書:創世記に登場する兄弟・兄エサウと弟ヤコブーー
この兄弟は喧嘩別れしたのち、
20年後に再会し、仲直りした。
(旧約聖書:創世記27章〜第33章)

この兄弟が和解するためには、
『ほとぼりが冷める“必要”』があった。

同じく、創世記37章〜第50章では、
末の弟ヨセフと兄達が離れ離れになって、
20年後くらいに再会し、和解した。

エサウとヤコブの兄弟は和解までに20年、
ヨセフと兄達も同じくらい、

小林さんと江川さんは28年かかった。

仲直りしたいと思う時、
何か、きっかけが欲しいと思ったり、

でも、ほとぼりが冷めるのが必要な場合もあり、
周りが配慮してくれるケースもある。

あと、それから、
自分や、自分とは無縁なケースも含めてだけど、

誰か、片方が相手に和解を申し出ると、
その先方が、“和解の条件”を突きつけてくる場合は、
無理して雪溶けしなくていい。

片方が許して、もう片方が許していない場合も。

ネットで見つけたTEDトーク。

 

簡単にはいかない課題だが、

実際に、それが起きるのを見ると動画とは無関係(“空白の1年”とか)だが、
心を縛っていた鎖が外れて、
ホッとする。

私の叔母(母の妹)は、
母と和解出来ぬまま、天に召されてしまった。

それより深刻なケースを他の親戚・知友に見る場合もあった。

揉め事や蟠りを
放っておくことが出来ない神様の介入がある場合は、
その問題を抱える当事者にとっては幸運だ。

私自身、抱えている未処理の問題も多い。
それら1つ1つの対象者の中には不幸があったり、
それを風の便りで聞く事もある。

悲しいまま、寂しいままで終わらず、
再会して安心できた時は嬉しかったりする。

さて、今は、
この和解をテーマに描いているが、
後々、描き続けていく内に
新しい挑戦を始める事もあるかも知れない。

それから、日々、期待している変化が起こらず、
沈黙が続いている場合は、
私に出来る事は絵を描いたり、
作品を作り続ける事や本を読む事しかない。

家の手伝いや母を助けたりしながら、
気長に待てば果報が来る。

あ、そうそう、

今日、宅配便がパラリンアートから来た。

2018年度のカレンダーだ。
僕の絵も採用されている。
他の画家さんの絵もたくさん掲載されていた。

このパラリンアートの成果物もモチベーションの1つとして、
読書と創作、思考と表現活動など、
これからも、インプットとアウトプットを続けよう。

描いていく内に、新たなテーマが生まれたら、
また、それに取り組んで行こう。