〜浦添市での韓国語弁論大会〜

私は今までクリスチャンとして生きてきた。

私は絵や漫画、イラストなどを描く賜物を思っていた。
教会の奉仕でそれが用いられた。

関係ないが、現在、
こう言う絵を描き始めている。

日中外交の絵

日米友好の絵

話は戻るが、
信仰人生の中、
教会で韓国人クリスチャンとの関わりを通して、
韓国語を学び、マスターした。

それで、韓国の方々との会話と交流を楽しんだり、
その語学力を自作漫画の翻訳に用いたり、

当時、師事していた韓国人の先生(当時50代女性)の勧めで
2007年に浦添市で行われた韓国語弁論大会で
スピーチする機会をいただいた。

そのイベントは、
県内の韓国民団(それは那覇にある韓国人の団体事務所)の
主催によるものだ。

その新たなチャレンジのために、
スピーチの内容をまず日本語で書いた。
そして、先生が協力しながら、
その内容を韓国語に訳した。

そして、それを何度も読んで、
スピーチの練習を始めた。

ついには、その原稿を見ずに、
話す事が出来るようになった。

三十代後半になっていたが、
少年の頃の暗記力は健在だった。

その先生の指示の1つに
スピーチしながら、内容に合わせて、
ジェスチャーを入れながら話す練習もした。

ジェスチャーと言っても、勝手が分からなかったが、
当時、手話講座で習っていた手話で、
それを、話の練習時に内容に合わせながら、
部分部分に代用した。

そして、
弁論大会当日、エントリーした方達は20名前後。

韓国ブームの中、
参加者(エントリー者)の殆どがそのブームを機に勉強をするようになった
主婦や三十代・四十代の女性たち。

参加した男性は私と在日の男性のみ。

これまでに、病院や福祉のスタッフからの依頼で
講演した事はあったが、
外国語のスピーチは初めての経験で、
自分の出番が来るまで、
心臓がバクバクし出しながらも、
小声で喋る内容を反復し続けた。

10人以上の参加者達が舞台に登り、
原稿を読みながら、スピーチした。

私は、
「神様、緊張せずに、スピーチの内容を
一言一句間違えずに喋る事が出来ますように」
と、祈って心の備えをした。

そして、私に順番が回り、
いざ、本番に望んだ。

舞台に上がると客席は200名くらいの人達――
その前で喋りながら、時々、
ジェスチャー代わりの手話も使った。

原稿を持たずに、見ずに喋ったのは私だけだった。

全ての参加者が自分の役目を終えた。
それが、そのイベントのプログラムの前半だった。

後半は韓国の伝統舞踊や歌が披露された。

イベントの後半の催しが終わり、
弁論大会の結果発表の結果は……。

金賞・銀賞・銅賞は他の参加者が受賞。
私も含めた、他の参加者は参加賞だけもらった。

自分も、その日は
参加賞(その中身は金属製のお箸とスプーンを2人分)だけを
貰ってタクシーとバスで帰宅。

その二日後――
私のケータイにイベントの関係者から
電話がかかってきた。

(「何かな?」)と思い、聞いてみると……、

その話は、こうだった。

弁論大会当日、その大会の司会者が、
そのイベント終了後に怒って、
審査員と関係者の方々に向かって、
こう言っていたそうであった。

「なぜ、古謝さんだけ、唯一、ただ1人、
全く原稿を持たず、そして読まず、
きれいな発音で喋ってたのに、
なんで、彼に参加賞だけしか与えなかったんですか?!」
と言って怒っていたとの事だった。

私がスピーチしている時に、
他の参加者と違い、何(原稿)も持たず、
スピーチしている事に気付かなかったらしく、
司会者だけが自分の喋ってる様子を見て
ビックリしたらしく、
(でも、気づいている関係者も少し、いたそうだ)
内容を暗記して話した事が評価されたとの事だった。

それで、弁論大会終了後に、
審査員の先生方と関係者の間で
話し合いが行われた結果、
後日、私に特別賞を与えることに決まったので、
改めて民団事務所で授賞式をするから
来てくださいとのお言葉をいただいた。

そして、自分にいつも韓国語を教えていた先生と、
その友達が運転手する車に乗って那覇へ向かった。

民団事務所に到着し、
中へ案内され、事務所に入ると、
その事務所長さん(60歳くらいの男性)や
他の職員が歓迎してくれた。

そして、半時間くらい、
その方達と韓国語でフリートークを楽しんだ。
事務所長さんは、
私が弁論大会当日、原稿を持たずに、
喋って他のを見てびっくりしてたと言っていた。

民団職員さん達との会話と交流は
大会の日には他の参加者が味わえなかった
蜜な時間だった。

なので、ちょっと、私自身、
何かのドラマの主人公になった気分だった。

その交流後、ささやかな授賞式が行われ、
賞状と商品をいただいた。

症状には『特別賞』でなく、
『노력상(努力賞)』とあった。

その症状の写真

その後の台風の被害で
こんな感じになってしまい残念だが……。

 

以上は2007年の出来事だが、
次は新たな目標として、TEDトークにチャレンジしようと、
現在、個人的に英語を勉強中だ。

 

私が刺激になり、勉強になったTEDトーク
『“疑う”と言う名の福音』

早くて2年後か、3〜4年後には実現目指しつつ、英語の自主トレに励んでいる。