人はいつか天に召される。

 

僕の部屋には、K子おばさん(母の妹)が昔、
幼かった自分に
プレゼントしてくれたオルガン機能付きの勉強机がある。

 

先々月の夜だった。
眠剤を飲んで、眠りにつこうとすると、
ケータイが鳴った。

 

長年、A病院(精神科)に入院していた、
K子おばさんの死を知らせる電話だった。
電話したのは、その病院のケースワーカー。
A病院で倒れたK子おばさんが那覇の病院に搬送された。
今すぐにK子おばさんが搬送された、
那覇の病院に来て欲しいとの知らせだった。

急だったし、眠剤も飲んだばかり。
もちろん、那覇まで車の運転は無理。

 

結局、コーヒーをガブ飲みして、
財布には千円札数枚と小銭しか無く、
近場のATMで十万円を引き出し、
タクシーを拾い、那覇へ。

 

その病院へ到着。
医師からK子おばさんの死を知らされた。
A病院のケースワーカーさんと警察の方も来院していた。
(人が亡くなると、事件性の有無に関係なく、警察職員が来るものらしい)

 

その警察職員はF浜さん。
話し合いをして、おばさんの遺体は、
その警察で翌朝まで預かることになった。

 

自分が通っているGバプテスト教会の牧師さんに
K子おばさんの死をメールで報告。
別の牧師(僕の友達/Yバプテスト教会の牧師)が紹介してくれた葬儀屋さんに
和子おばさんの出棺式をしてくれることになった。
それを、G教会で行うことになった。

 

翌朝、車を運転して、
おばさんの遺体を預かっている那覇の警察署へ向かった。
そこへ着くと、その葬儀屋さんの職員が三人来ていた。
遺体安置所の隣の取り調べ室にて
F浜さんの聴取と説明を受けて関係書類にサイン。
遺体の預かり代の二万円を支払って、
おばさんの遺体を葬儀屋さんがG教会へ移送した。
僕も車でG教会へ向かった。

 

G教会のT牧師先生と葬儀屋のMさんとの話し合い。
葬儀費用は僕の預金通帳から全て引き出し、
支払う事にした。

 

K子おばさんは、生前、
カトリック教会で受洗歴があったらしく、
でも、その教会がどこにあるのか分からず、
うるま市内と沖縄市の全てのカトリック教会に片っ端から電話するも、
どの教会の神父さんも、
「そういう方がウチで洗礼受けたという記録はありません」
「そういった方は我々の教会に来た事は無いです」

……途方に暮れた。

K子おばさんの葬儀はG教会で行うことになった。
一応、その事を親戚数人に伝えた。

 

T牧師は和子おばさんとは面識が無かったが、
僕に、
「K子おばさんの生涯について、
古謝君の知ってる範囲や聞いてる範囲で良いので
紙に書いて私に下さいね」
と、頼んだ。
それで、一旦、家でパソコンで書いて
プリントアウトしたものをT先生に渡した。

『K子おばさんの歩み』

翌日の葬儀に来てくれた親戚は二人。
1人はK子おばさんの兄、
もう1人は僕の従姉妹。
その他、G教会の信徒が十余人。
母は風邪で欠席。

T牧師は葬儀で僕が書いて渡した、K子おばさん歩みを参考に少し、話をした。

自分は喪主として、
参列者の前で、K子おばさんについて、
少しばかり、想い出話をし、
葬儀の場で喪主としての役目を終え、
僕を含めて数人で、遺体を霊柩車へ乗せ、
遺影を抱えて、その助手席へ座り、火葬場へ。

 

火葬場には、別の(他の)故人の家族・親族が大広間で
ソファに座りながら談笑していた。

平日ながらも、ここで火葬される故人達と
その家族や親族が多い事にはびっくりした。

 

火葬を終えて、
収骨をしたのは葬儀屋Mさんと僕の二人だけ。
その骨壷を僕が手で抱えて、
今度は霊柩車ではなく、別の車でMさんの運転で
G教会へ向かった。

教会到着。
礼拝堂の裏側にある納骨堂の中の
二人分の骨壷が入る納骨ボックスに納めた。
(その納骨堂には、二人分の骨壷が入るボックスと、四人分のボックスがある)

納骨後、Mさんに葬儀費を支払った。

数日後――
後々の事を考え、T牧師や教会役員の配慮もあって、
4人分の骨壷が入る場所を買って、そこにK子おばさんの骨壷を移動し、
T先生と葬儀で賛美歌のピアノ伴奏の奉仕者への謝礼も支払った。

葬儀の前の日も、
葬儀当日も、
その翌日以降も、その故人のために、
A病院に行ったり、
市役所、社会保険事務所、郵便局、銀行と、
いろいろ行くべき所が多いのには参った。

 

帰宅後、僕が幼かった頃から、K子おばさんが僕にしてくれた事、
オルガン機能付きの勉強机をプレゼントしてくれた事や、
いろいろと注いでくれた愛情の数々を思い巡らし、

 

K子おばさんが、結婚に失敗したのも含め、
それらの苦労、困難、悲しみを思い出し、泣いた。

 

K子おばさん自身の病ゆえに、僕自身も大変な思いをしてきたが、
でも、僕は泣きながら、
「イエス様、K子おばさんを許します…。
K子おばさんはカトリックで洗礼を受けたんでしょ…。
なら、天国に行けるんでしょう…。
イエス様、K子おばさんを迎え入れてください…。」
涙が流れるのを手で抑えながら泣き続けた。

思えば、幼少の頃、
和子おばさんの部屋の本棚にあった聖書を手に取って、
意味もわからないまま、
ページをパラパラとめくった記憶がある。
我々家族で一番最初に聖書を手にしたのはK子おばさんだった。

 

僕は葬儀の前日、T先生に尋ねた、
「K子おばさんは昔、カトリック教会に行ってました。
イエス様を信じて受け入れれば、天国に行けるって考え方は、
カトリックもバプテストも同じなんですよね?」
T牧師は頷いた。

福音を信じて受け入れれば天国へ行けるーー
なので、K子おばさんがイエス様と共にいる事を信じている。

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その後、テレビで終活をテーマにした番組や、
関連書籍を図書館で借りて読んで、
自分も今、若いうちに遺言状を書いといた方がいいかな、
と思っているところだ。

公証役場 遺言状の書き方

公証役場へ行って遺言状の作成をするのも、
早いに越した事は無い。

今まで、いろいろとお世話になっている人達の事を
思ったり…。

 

とりあえず、僕が所有している軍用地を含む、数カ所の不動産、
および、自分が、これまでに描いた全ての漫画・イラスト・絵画作品の著作権、
そして自作漫画の電子書籍や印刷版(単行本)など、
日本語版・英訳版・韓国語版も入れて、
計20点以上の相続先として、
自分が現在、お世話になってる、精神障がい者の支援団体(コンボやパラリンアート)を
選ぶ事も、漠然ながら、考えとしてはある。

「そんな物を今、書くなんて縁起でもない。後で書けばいい」と言って先延ばしは、危険だそうだ。

その事も含めて、今の内に勉強しよう。
終活、遺言状、創作物・その他諸々の相続についても、
いろいろ、本を読んで学んで、
その知恵・知識を用いて行くことにする。

 

この事を心に止めつつ、
今日も創作活動をしている。

 

創作以外のこともある。

お礼を言いたい人、言いたかった人…。

それを含めて、思いつくままにノートに書き記そう。
後悔のないように

今、健康と若さのあるうちに。