自分の経験を
ストーリー風に書いてみました。

市や地域で行われている
障がい者のアート展に自分の作品も
出させていただいた時のエピソードです。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

15,6年前――2001〜2002年。
沖縄市のグループホームで暮らし始めてまだ、間もない頃のこと…。

僕は、その頃、
絵や漫画やイラストを描きながら、
その賜物で稼ぎたい、
アートやクリエイティブの分野で成功したい
って、思っていました。

そう思いながら、
障がい者雇用で
就職したホワイト急便で週4日、
働いていました。

 

仕事が休みの日は
時々、沖縄市内の画材屋さんへ行って、
その二階で行われていた個展を見ていました。

そこで、画家さん達が描いた絵を
見ながら思いました。

(「僕も、いつか、ここで個展を開きたいなぁ……」)

そこでは、毎月、
いろいろな画家さん達がひと月一万円を
その画材店の店主に払い、1人の画家につき、
1ヶ月、個展を開いていたーー

店主さんから
そう聞かされていて、

(「1ヶ月、一万円かぁ……(汗)」)
ランドリーで働いていたけど、
自分の給料では、一万円も安くはない……。

 

自分がよく通ってた地活(地域生活支援センター)の
近くのケーキ屋さんでも
上記の画材店と同じく、
1ヶ月に一万円で毎月、いろんな画家さんが
個展を開いていた(展示会が出来るスペースがあった)。

「自分も小遣い貯めて、
画材店か、このケーキ屋で
個展を開いていいか、
訊いてみようかなぁ…?」

 

結局、当時の僕に出来る事といえば……
自分の描いた絵やイラストを
コンビニでコピーして、
それを地活の掲示板や、
デイケアセンターの掲示板に貼ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで、

地活の二階には児童センターがあって、
学校帰りの小学生達が、
よく、そこに遊びに来ていた。

そして、一階のロビーに降りてきて、
そこでも、縄跳びしたり、卓球したりして遊んでいた。

僕が地活の掲示板に貼った数枚のイラストを、
児童センターに来てた子供達が、
見ていて、
その子供達や親御さんに好評だった。

 

僕は、その子供達に頼まれて、
似顔絵を描いていた。
それを地活のスタッフさんに頼んで、
コピーしてもらい、
そのコピーを子供達にあげていた。

子供達「古謝さん、ありがとう♪」

 

自分は、働いても、
個展を開くために一万円を貯めるのもしんどい。
「個展を諦めようかなぁ……」

 

その翌年――
画材店が廃業していた。

ケーキ屋さんで個展したいと思ってたけど、
先に個展をする画家さん達は多かった。
およそ、10人待ち(個展は予約制)。

 

個展の夢は、諦めた。

5月に入り、
地活のスタッフさんが自分に言った。
「今年の7月から8月にかけて、沖縄市内で
“こころのバリアフリー作品展”をすることになったから、
古謝さんも自分の作品を出展してくださいね♪」

 

そして、1ヶ月間近く(4週間)に渡り、
毎週1度、場所を替えて、
その作品展は行われた。

1週目…この地活、
2週目…隣町の病院内ロビー、
3週目…別の地域の地活、
4週目…沖縄市役所。
その作品展では、
地活の利用者達が描いた絵や、
他の施設の利用者達の作品、
他の病院の通院患者達が描いた作品や
筆で書いた『書』、
焼き物の皿、
そして、詩も展示されていた。

僕の作品も十点以上。

 

 

 

 

(ここにアップした絵以外にもバリアフリー作品展に出した)

バリアフリー作品展は好評だった。

 

(もう、展示会のために、一万円とか、
払わなくていいんだ……♪)

その後、別の時期にも、
別の場所での
作品展示会(ハートフルデイケア展)が行われた。
僕も、そのイベントに作品を
展示させていただいた。

2007年から始まった、
沖縄県主催の“心の芸術文化フェスティバル”にも
参加するようになった。

障がい者は、
かえって恵まれてるな、
と思い、感謝した。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

“こころのバリアフリー作品展”は、
現在も毎年、行われています。

その他の障がい者のアートイベントも
毎年、行われています。