『僕が、お世話になった障がい者アートの支援活動』

10年以上前から、

“アウトサイダーアート”、
“ボーダレスアート”、
“アートブリュット”……と言った言葉を
メディアで目にするようになりました。

 

それらの言葉には、
大体が“障がい者アート”という意味が
含まれています。

 

16年前の2001年、
地域(沖縄市)で行われていた福祉祭りにて、
似顔絵描きをしながら、
小遣い稼ぎをしていました。
まぁ、バイトみたいな感じで。

 

そこで、自分に声をかけてくれた男性2人。

 

彼らは、当時、G市(隣街)に
あった障がい者アートグループの
スタッフさん達でした。
小さな団体でした。

 

そこでは、
障がい者が描いた絵を
Tシャツにプリント・販売して、
その売り上げの一部を
その絵の作者に還元する
ーーそう言った働きをしていました。

 

自分は、およそ半年間、
その団体と関わっていました。

 

その後、自分は体調を崩して、
入院した後、そのアートグループは、
沖縄市からはかなり遠い場所へ移転しました。

その後は、たまにしか、
そのスタッフさん達とは会わなくなりました。

 

障がい者の描いた作品でビジネスをし、
自立のお手伝いをするーーその頃としては、
その類の活動は、新しいものでした。
いわば、フロンティアと言えるものでした。

 

退院して、
クリーニング屋さんに職場復帰。

その頃も、
イラストや漫画を描いていました。

 

月日が経って、
友人の紹介で、
今度は、障がい者の描いた絵を
自販機のラッピング広告と言った形で展示する
ーーそう言った活動をしている
アート支援センターの方達と出会いました。

そうして描いた絵を、
自販機でラッピングされているのを
見かけたりしました。

 

クリーニング屋さんのお仕事が忙しくなってからは、
そのアート支援センターと疎遠になりましたが……。

ある日・ある時、
ケータイでネットサーフィンしていて
『障害者 アート』とのキーワードで検索すると、
『パラリンアート』を見つけました。

そこにアクセスし、
それまで描きためたたくさんの絵を
メールに添付して、
その運営事務局に送りました。

2日後に、
パラリンアートからメールの返信があって、
「沖縄をモチーフに絵を描いてみませんか?」
とのお話をいただきました。。

 

同サイトに
アーティストとして登録し、
沖縄的な絵を多数、
描いて送りました。

パラリンアートでは、
日本全国の障がい者の画家さん達が
描いた絵をオンラインで展示しています。

 

パラリンアート
http://paralymart.co.jp

 

アーティストとして
登録されている画家さんは
500名を超えています。

パラリンアートを支援している
スポンサー企業は現在、80社以上。
今後も増えていくでしょう。

最近まで、
野田聖子衆議院議員が
パラリンアートの理事長を勤めていました。

 

それからーー2017年には、
国会で『障がい者アート支援法』が
可決されました。

 

今、自分は、
ワクワクしながら、
創作活動を楽しんでいます。

 

パラリンアート 古謝哲也
http://paralymart.or.jp/artists/details/?id=0000000000072